- 研究者への道のり -

Phng(ポン)チームリーダー
(40代前半)の場合

子どもの頃

習い事で忙しい毎日
マレーシアのクアルランプールで生まれて、13歳までそこで育ちました。
子供のころは、バレエ、ピアノ、水泳、テコンドーから中国語教室、絵画教室など様々な習い事に通っていました。中でも、たくさん絵を描くことができた絵画教室が一番好きでした。

中高生の頃

家族の元を離れて、
自立心を学ぶ
13歳からはイギリスへ渡り、全寮制の学校に通いました。授業の他には、スピーチとドラマのクラスに入って発声法や演技を学んだり、楽しそうに見えたのでフェンシングクラブにも入部したりしました。
この頃から、科学に興味を持ち始め、特に生物学が好きでした。そのため、日本の高校にあたるAレベルで生物と化学と数学を選択しました。カリキュラムの一環として、自分で仮説を立て、文献を検索し、簡単な研究を行うプロジェクトがありましたが、このプロセスが楽しかったですね。
また、ロンドンにある研究所の研究室に1週間程度受け入れてもらい、研究者の仕事を体験し、魅了されました。これらの経験から、大学では科学系分野の勉強をしようと思うようになりました。

大学生・修士課程の頃

製薬会社への就職を
目指していたが…
製薬会社への就職につながると思い、大学では薬学部で薬理学を専攻しました。私の通ったイギリスの大学の薬理学プログラムには、1年間の製薬会社でのインターンシップが含まれていて、3年生の時にスイスの大手製薬会社でインターンとして1年間過ごしました。医薬品の研究開発に触れましたが、自分は発見型の研究に興味があることに気づきました。
そこで、就職するよりスコットランドの大学で生命科学の修士号を取得することにしました。ここでは、異なる研究テーマに取り組んでいる3つの研究室(神経科学、造血幹細胞、バイオインフォマティクス)に受け入れてもらい、基礎研究の面白さを実感しました。

博士課程の頃

自分の新たな
一面に気づく
このまま研究を続けるには博士課程に進む必要があると考え、ロンドンの研究所で血管生物学の研究を行っている研究室に受け入れてもらいました。そこから、私の血管生物学への興味とキャリアが始まりました。
ロンドンの研究所は競争の激しいところでしたが、周りの人たちから学ぶにはよい環境でした。世界中の国から集まっている人たちと毎日のように交流することができました。博士課程では浮き沈みが多かったですが、自分自身の性格について気づくこともありました。それは、簡単にはあきらめず、最後まで忍耐強くやり遂げる人間だということです。また自分の研究を自立して進めることも学びました。
研究の合間には、演劇やミュージカルを観劇したり、レストランに食事に行ったり、コンサートに行ったりして楽しんでいました。

ポスドク時代

技術を習得し、
博士号の研究テーマと融合
博士号取得後、短期の欧州分子生物学機構(EMBO)フェローシップを得て、ドイツの共同研究者の研究室で働きました。その後、EMBOとヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラムの長期フェローシップも得て、欧州分子生物学研究所(EMBL)ハイデルベルクで研究を行いました。ここで、動物の発生過程で起きる細胞や組織の動態を可視化するためのライブイメージングに触れることができ、その技術に魅了されました。
その後、博士号を取得したときのボスのベルギーにある研究室に移り、EMBLで身につけたゼブラフィッシュを使った研究やイメージングの技術を、以前取り組んでいた血管生物学のテーマに応用しました。
3年後、日本学術振興会のフェローシップを得て日本に移り、大阪の研究所でゼブラフィッシュやマウスの心臓・血管の発生の研究を幅広く研究しているラボに所属することになりました。独立して自分で研究室を持てるポジションを探し始めたのもこの頃です。

研究室主催者時代

新たな挑戦!
研究室主催者(PI)への応募を始めたときは妊娠中で、特に面接のために世界各地を飛び回るのはそれなりに大変でした。理研での面接は、第一子を出産する1ヶ月前でした!自分の研究室を立ち上げた頃はスタッフが少なかったため、私も積極的に実験をしていて、忙しくて目が回りそうでした。
最近は、実験現場から少し離れて、研究室のプロジェクト管理や将来の研究の方向性を考える時間を増やしています。また、2人の子供がいるため、実験のために長時間働くことが難しくなっています。
最近の主な課題は、やるべきこととやりたいことの時間のバランスをうまくやりくりすることです。また、パンデミック中は研究時間やリソースが減り、海外からの研究者を雇うことも難しいため、研究を進めていく上でも大変です。
将来の夢
PI職に就いている女性はまだ少ないので、より多くの女性科学者がPI職に就き、科学分野で活躍している女性の認知度が高まることを期待しています。
ページのトップに戻る